探検部って何?

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関西大学探検部部長 木庭元晴(関西大学文学部 地理学・地域環境学専修 教授)

「探検」には、危険と未知の地域が不可欠である。
かつての未知の地域の概念は、「ある文明にとって」、であったが、通信・交通の発展によって、いまや地球全域が一つの世界となり、「人類にとって」、となった。となると、未知の地域の探検は物理的に不可能と言える。とすると、探検には危険だけが残ることになる。

かつての著名な探検はおしなべて、富や名声に関連するものであった。新大陸発見時代において顕著に見られるように、未知の地域を「征服」してこそ、富や名声が得られるのである。
すなわち、探検の目的は、富や名声を勝ち取るという側面を持つ。
人、とくに青年の進取の気質というのは、かなりの部分、この面からの説明が可能であり、この側面が悪いとは毛頭考えてはいない。

探検記が最も人の心を打つのは、危険と未知の地域の設定、探検の成功による富や名声の獲得もあろうが、限界状況下での、探検者の苦悩と葛藤である。きびしい物理的条件下での、探検者の心理的闘いなのである。
アーシュラ K. ル=グイン作の壮大なファンタジー“ゲド戦記”で主人公ゲドが闘い取ったのは、自己そのものだった。自我の確立、自らと対峙する闘いこそ、探検の主要命題であると、私は考える。

確立したように見える社会で和気あいあいと豊かに暮らす事とと探検は、両極のものである。
他者に寄り添うのではなく、自己に向き合うことを通じて、自己をより高める事ができる。
「探検」に対する人類史を通じての概念規定はこれに尽きるように思われるが。

〜「探検部40周年史」1997年11月発行 より抜粋〜